HOME随想録 > 臨床泌尿器科編集後記 vol.74. No3 ,2020

ようこそ、福島医大泌尿器科へ

随想録

臨床泌尿器科編集後記 vol.74. No3 ,2020

「あなたの思う福島はどんな福島ですか?」東日本大震災から5年と1日目の2016年3月12日。福島県は、全国紙の朝刊にこのようなタイトルの一面広告を掲載しました。「福島県という名前を変えないと、復興は難しいのではないかと言う人がいます。」から始まるわずか23行の広告文は、私の心を打ち、自然と涙が溢れ出しました。

2018年、雑誌Urologyに「福島第一原発事故以降、停留精巣が日本全国で増加している」という衝撃的な論文が発表されました。著者らは、全く科学的根拠がないにも関わらず「原発事故により拡散された放射性物質が主要な原因」と主張しています。この論文は、様々な意味で私の心を引き裂くものでした。福島県立医科大学は、総力をあげてこの論文を詳細に検証し、反論論文を発表しました(Fukushima J Med Sci. 65; 2019)。研究デザイン、結果、考察、結論における“数多く“の問題点を指摘し、論文の不当性を証明しています。震災以降、福島の状況を誤解させるような論文が少なからず発表され、雑誌Scienceでも日本の科学論文に対する信頼は失墜したとの警笛が鳴らされています。根拠のない間違った論文は、風評被害をさらに助長させ、福島の人々の心を踏みにじります。

広告文にはこのようにも書かれています。「お時間があれば今度ぜひいらしてくださいね。ふらっと、福島に。いろいろな声によって誇張された福島はそこにはありません。」

今日研究者の倫理観に加えて、良心や責任が問われる時代です。特に社会問題に密接に関わる医学論文は、ともすれば人々を傷つけ社会を混乱させます。従って、共著者を含めた著者の責任は“極めて”重いものです。この論文が存在する限り、今後も様々な公的場面で科学的根拠をもとに反論し続けていくことが、被災地・福島で医療に携わっている私たちに課せられた使命だと考えています。一方で確固たる科学的根拠がある限り、原発事故に関する論文が制限されることは決してあってはなりません。震災の悲劇や教訓を次世代に伝えるために、正しい事実を詳らかにすることは、人々にとって良い内容であれ悪い内容であれ必要不可欠だからです。

広告文の最後はこう締めくくられています。「福島の未来は、日本の未来。昨日までの、あたたかなみなさんからの応援に感謝します。原発の廃炉は、長い作業が続きます。名前は変えません。これからもどうぞよろしくお願いします。ほんとにありがどない。」

今月、あの悲劇から9回目の3月を迎えます。

ページの先頭へ