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随想録

臨床泌尿器科編集後記 vol.75. No3 ,2021

2011年3月11日午後2時46分。「あの日あの時」、名古屋で腹腔鏡下前立腺全摘除術を執刀していました。突然大きな揺れに見舞われ、手術をいったん中断しました。幸い手術は無事終了し、患者さんの家族への説明を終えた後、医局でテレビの映像を見て、あの惨事を知りました。そして1年2か月後の2012年5月1日、福島県立医科大学に着任しました。「あの日あの時」、東日本大震災そしてその後原発事故に見舞われた被災地に、自らが身を置くとは想像もしていませんでした。

先日、環境省が主催する「次世代と考える放射線に関する情報発信」というイベントで、風評被害のもととなる医学論文について、具体的事例を挙げながら講演をさせていただく機会をいただきました。本イベントは、“「伝える」ではなく、「伝わる」とは。福島に関する情報の伝え方を考え、これからの時代に必要な生きる力を育む”というテーマで、福島と東京の会場をWebで結び開催されました。いまだに残る福島に対する風評被害や差別・偏見、特に健康被害に関する誤解をいかに払拭するか?原発事故に対する興味・関心の低下にどう取り組むか?これらの問題を若い世代とともに共有し、正しい情報を発信するための手段を考えることが目的です。各専門家の講演や、脳科学者の茂木健一郎氏を招いてのトークセッションを拝聴し、風評被害の実状のみならず、多くの人々がその払拭のために涙ぐましい努力をされていることを知り感銘を受けました。しかし、本イベントの中で最も感動したのは、将来栄養士や教育者を目指す地元福島や東京の若い大学生達が、現在の福島の実状を学び、「今自分に何ができるのか、今後何をすべきか」を具体的に訴えた発表でした。

今月、東日本大震災から10年を迎えます。昨年の本誌3月号の編集後記で述べた通り、原発事故に関する科学的根拠のない間違った医学論文が、質の高い医学雑誌にも掲載されています。このような風評被害のもととなる医学論文に関する健康リスクコミュニケーション・プロジェクトが、環境省を中心に立ち上がり、私も関わることになりました。ただ、イベントで発表した大学生達のように「今自分に何ができるのか、今後何をすべきか」という問いに対する明確な答えは今のところ持ち合わせていません。しかし「あの日あの時」から10年経った今だからこそ、この問いに対する答えを自問自答しながら、自分なりの向き合い方を模索していきたいと考えています。

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